情けは人の為ならずの意味が2つになったら日本語はダメになる

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どうも、言葉遊びが好きなジョンです

日本語というのは不思議なもんで、それを母国語として扱っている日本人でさえ意味を間違うことがあります。

その代表的なものが『情けは人の為ならず』という諺(ことわざ)。

A「人に情けをかけると、巡り巡って自分の為になる」
B「情けをかけると、その人の為にならない」

もちろん、これはAが正解。

といっても自分の行いに対する“お返し”を期待する打算的な考えではありません。

自分が誰かにもたらしたハッピーが別の新しいハッピーを生み……

「その連鎖が繰り返される先に自分も立っている」ということです。

極端なことを言えば、道端で困っていたお年寄りを目的地まで連れて行ってあげたら、そこに超美人の孫娘が待っていたとか……。

また、もう少し深いところでは「他人に情けをかけることで、自分自身の心を磨くことにもなる」なんて教えもあります。

いずれにせよ、この諺が伝えたい事は……

“情け”というのは、単に「人の為になった」だけの話では終わらんということ。

これを理解していれば、Bの意味は間違いどころの話じゃないことがわかります。

……にもかかわらず

世の中には間違った意味で捉えている人が余りにも多過ぎるそうで……

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正しい解釈、間違った解釈

多くの人が『情けは人の為ならず』の意味を履き違えてしまう原因は、その“文法”にあります。

要は昔の日本で使われていた「独特の言い回し」を誤って理解してしまうわけです。

一般的に言われている解釈だと……

本来『人の為ならず』とは「人の為なり(だ・である)」という断定に打消しの「ず」を加えたものなんだとか。

つまり「人の為だ」「人の為である」という言葉を打消しているから「人の為じゃない」「人の為ではない」となるわけです。

ちなみに断定の「なり」は漢字で「也」と書きます。

「吾輩はコロ助ナリ」
「我は神なり」
「願いましては1円な~り」

といった語尾に使われるのと同じやつです。

……で、多くの人はこれを「也」ではなく「成」だと勘違いしているそうな。

「人の為也+打消し」ではなく「人の為(に)成る+打消し」

だから「人の為にならない」なんて解釈になるわけです。

確かに現代では「ならず」を「成らない」という意味で使うことのほうが多いんで、咄嗟にそう思ってしまうのかもしれません。

ご飯にならずにお粥になった。
サラダにならずに野菜くずになった。
カレーにならずに甘口のおでんになった。

どういう食卓やねん

とはいえ、これはこれで文法的に無理があるようにも思えます。

だって……動詞の「成る・成らない」という話なら、そこには意味関係を表す「てにをは」が必要なはずですから。

でも元々の言葉である「人の為ならず」にはそれがありません。

もちろん、日本語というのは意味が通じるなら助詞を省いたって問題ありませんよ。

方言や話し言葉では「てにをは」が抜けることも珍しくありませんし、語順を変えた表現をすると助詞が無くなることもあります。

でも、それはあくまで助詞が無くても意味が通じるからであって、元々の意味が分からなくなってしまうようならわざわざ省く必要もないはず。

現に、この諺を読み解く際は「人の為“に”成らず」と助詞を入れていますからね。

それは即ち、助詞を入れなければ意味が成立しないことの証でもあります。

仮に「ならず」を「成らない」に置き換えたとしたらどうなるでしょう?

「人の為、成らない」

片言の外国人と話しているなら汲み取ってあげることはできても、それが正しい日本語かと聞かれたら答えはNOです。

つまりは「ならず」と聞いて「成らない」だと思い込み、その意味を成立させるために助詞をねじ込んでしまった結果……

さも正しい解釈のように思えてしまっただけ。

言葉なんて「てにをは」を書き換えりゃ意味が変わりますから、この解釈には無理があるように思えるんですよね。

これが本当に「人の為にならない」という意味なら、初めから「情けは人の為にならず」となるべきでしょう。

或いは「情けは人の為にならぬ」となったほうが伝わりやすいかもしれませんね。

私なりの解釈

ちなみに、私は小学生の頃に「ことわざ辞典(子供向けのやつ)」で覚えたんで、意味は初めから知っていましたが……

その「独特の言い回し」に関しては違う捉え方をしていました。

てっきり「情けは人の為に非ず(あらず)」が省略されたものだと思っていたんですよ。

人の為 に 非ず
HITONOTAME NI ARAZU

助詞の「に」から母音を省いて

人の為(N)非ず
HITONOTAME (N) ARAZU

「N」と「非ず」が合わさり

人の為 ならず
HITONOTAME NARAZU

日本語はちょいちょい言葉を省略しますし、特に諺は語呂よくまとめる洒落っ気もありますからね。

それに「非ず」の意味は「違う・そうじゃない」です。

だから、わざわざ「也の断定を打消す」なんて小難しい文法を考えるまでもなく……

素直に「情けは人の為じゃない」と読み取れます。

こう考えたほうがシンプルだと思うんですけどね~。

そのせいか、正直「人の為也+打消し」の解釈がしっくりこなかったりします。

もっとも「正しい解釈」と言われるものを否定するつもりはありませんが……。

間違いは正せばいいだけ

冒頭でも言ったように、世の中には『情けは人の為ならず』を間違った意味で捉えている人が非常に多いそうです。

聞けば「正しく知っている人」よりも数が多いんだとか。(特に若者)

そりゃあ、諺なんてもんは縁が無けりゃ覚える機会もありませんから仕方のないことかもしれません。

私自身、学校で習った覚えはありませんからね。

とはいえ、日本人なら日本語の文化は少しでも知っておいたほうがいいですし、ましてや意味を履き違えてしまったなら正しく覚え直すべきです。

それが最近じゃ、辞書にも「人の為にならないという意味もある」なんて載っているそうで。

なんてこったい

いくら「多数が正しくなる世の中」とはいえ、自分たちの文化まで捻じ曲げるっていうのはどうなんでしょう?

そりゃあ日本語は常に変化していくもんで、場合によっちゃ新しい意味が付け加えられることも珍しくありませんが……。

でも……「情けは人の為にならない」なんて明らかに間違った意味ですから。

勝手に「てにをは」を付け足した無理のある解釈。

それを正しいと認めているようなら、そのうち日本語がダメになってしまいますよ。

間違った日本語に基準を合わせてあげるなんて……

そんな“情け”は誰の為にもなりませんね。

ん?

それではまた、別の話でお会いしましょう

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