世の中の「不倫叩き」、その裏に潜む『何か』に違和感を覚えた話

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ジョンです

この話は、以前「イケない関係にまつわる曲紹介」の中で語った、私の「不倫に対する世間の反応」についての考えです。

……が、なにぶん曲紹介の前フリとしては長すぎたんで、切り離して新たな話にしました。

ちなみに曲紹介はこちら

いわゆる不倫にまつわる曲紹介です。といっても私は不倫を推奨しているわけではございません。あくまで、そういった想いは自分の心の中に秘めておきましょうということです。

……さて

最近は芸能でも社会でも、『不倫』に関するニュースがやたらと多いような気がします。

この手のニュースは昔からあるもんですから、べつに珍しくも何ともないんですが……それにしたって多すぎやしませんか?

正直、そこばっかりを狙って報道しているようなきらいがあります。

視聴者が求めているんでしょうか?

求めているわりには怒っていますけどね。

というか……本人たちの問題なのに、赤の他人が何かしらの『罰』を受けさせようとしていますよ。

不倫が好きなのか嫌いなのかよくわかりません。

そりゃあ自分の恋人や伴侶に浮気をされて、怒り、悲しむならわかります。

「家庭を大切にしよう!」と声高に謳っている有名人や政治家が不倫をしているなら、「お前が言うな!!」と国民総ツッコミを喰らわせてもいいでしょう。

ただ、根本的なこととして……他人の家庭の事情とか、どうでもええわ。

「有名人は影響力があるから……」なんて意見もありますね。

いやいや……本人が不倫を推奨していても影響なんて無いですよ。

一体、何を危惧しているのかわかりません。

もしかして「○○さんが不倫していたから、自分もしました」なんて人が増えるって?

子どもか。

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法律で裁けばいい

正直、世の中を見ていると「他人の不倫に、そこまで目くじらを立てて何がしたいのか?」とさえ思います。

だって、もし本気で不倫が許せないなら、旧刑法にあったような『姦通罪』を再び定めればいいだけのことですから。

これは「不倫をした妻と、その相手」に刑事罰を下すというものです。

そして同様に旧民法も復活させればいい。

姦通罪による刑事罰が下れば「離婚をしても不倫相手とは婚姻できない」という法律です。

残念ながら当時は『男尊女卑』だったんで、旦那が不倫をしても罰はないというものでしたが……。

だから、戦後の日本国憲法で『男女平等』が定められたときに無くなりました。

でも妻側だけじゃなく、『旦那側』も罰を受けるようにすればいいだけの話じゃないですか?

そんな簡単なことなのに、社会はその法律自体を無くしてしまいました。

何か罰があるとすれば、現在では民法で『離婚事由』に相当するだけです。

なんとなく理由は想像がつきますよ。

当時はまだまだ『男尊女卑』だったんで、男が罰を受けたくなかったんでしょう。

単純に妻帯者が不倫をしたかったんですよ。

これは想像の域を超えませんが、法律を定める人たちの中に愛人を囲う人がいたなら、何が何でも阻止するんでしょうね。

邪推中の邪推

時代は変わりました。

今ならどうでしょう?

とりあえずは『男女平等』という世の中になっていますし、女性の議員さんも増えています。

『正義』という名の下に世間の声が集まれば、再び法律で『姦通罪』を定めることも可能なはずです。

今までは「妻と相手の男性」だけでしたが、今度は「旦那と相手の女性」も裁けます。

平等に罰を受けさせることができるんですよ。

でも……いつまで待っても、そんな日がやって来ませんでした。

そりゃあそうです。

みんな不倫がしたいんですから。

いや、これは語弊がありますね。

正しくは「自分が不倫をしてしまうかもしれない」という可能性があることを知っているからでしょう。

「もしかしたら、自分に返ってくるかもしれない……」そんな予感がするからガチの罰を定めたくないんだと思います。

じゃなきゃ、とっくに『姦通罪』が復活しているはずですからね。

でも、こればっかりはしょうがないのかもしれません。

なんせ『不倫』を題材にした作品がヒットしてしまうんですから。

人々の心の中に、そういった不確定要素が眠っている気がします。

不倫は文化から生まれるという

ちょっと前なら「主婦の不倫」をテーマにしたドラマが大人気で

そんな情事に憧れる主婦が増えたり
実際に背徳に溺れてしまう人がいたり

独身が結婚に希望を持てないほどの社会現象になっていました。

ま、そんなものは今に始まったことじゃないんですけどね。

昔から幾度となく不倫をテーマにした作品がブームになり、社会現象になり、カルチャー年表を開けば不倫が顔を出してきます。

今の世の中、不倫に憧れを抱いたこともあれば、過去形や現在進行形の人もいるでしょう。

でも……他人が不倫をするのは許せないんですよね。

あぁ素晴らしきかな日本。

結局のところ、誰かをやり玉に挙げて責め立てることで、自分の中にある『危うさ』をごまかしているように思えます。

「不倫なんか許せない!!」と声を上げていれば、自分は正しい側に立っていることになりますからね。

つまり、悪と対峙している瞬間は『正義』というわけです。

もちろん私は、不倫を推奨しているわけでも擁護しているわけでもありません。

ただ、人々が法律を定めるくらい徹底的に向き合わないというのなら、わざわざ他人が踏み込むほどの問題とも思えません。

逆に……マジョリティのベクトルが「不倫叩き」に向かうことに違和感を覚えましたよ。

ジョン曰く
もし私が当事者なら、愛ゆえに不倫を肯定をしたでしょう。
そして私が不倫をされた側なら、愛ゆえに否定をするでしょう。
それくらい不安定な問題なのに、第三者が自身の感情だけで「正義の鉄槌」を下す。
こんな怖い話はないですよ。
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