自動車の進化が交通事故を無くすわけじゃないだろうという話

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ジョンです

いやぁ、技術の進歩はすごいですね。

昔は思いもよらなかった事が、現代では当たり前の日常になっています。

その一つが『車の進化』

  • 危険を察知してドライバーに教える
  • 衝突を回避して自動でブレーキをかける
  • 車線をはみ出そうになればハンドル操作を補正する

「安全技術」っていうんですか?

ちょっと前までエコを売りにしていた自動車業界も、今ではこちらにシフトチェンジしているきらいがあります。

ま、事故が多いですからね~。

利用者の不安を考えると当然のことかもしれません。

最近は「運転技術が要らない車を目指している」なんて話を聞きました。

すごいですね~。

これを耳にしたときドキドキしましたよ。

本当にそんな車が完成したら、確実に無くなりますからね。

え?早く世の中から交通事故が無くなればいいって?

何を言っているんですか。

無くなるのは……運転手の『責任感』ですよ。

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運転技術とは?

いくらコンピューターが制御していようとも、車が潜在的に「殺傷能力」を持っていることに変わりはありません。

それはシステムの誤作動云々の話じゃなく、現実に「何百キロもの鉄の塊が高速で移動している」という物理的事実です。

上手く利用すれば便利な乗り物になり、使い方を誤ると「凶器」にもなり得えるのが自動車という道具。

ということは……ドライバーは“凶器にならないよう”に扱えなければいけません。

それが『運転技術』というものです。

テクニック?違います。

技術なんて言葉を使うと、まるで「巧みな操作技術」を指しているように思えますが、そんなものは免許を持つにあたって必要ではありません。

きれいなライン取りでカーブを曲がったり
ブレーキで重心を操作したり

車のポテンシャルを最大限に引き出すようなテクニックは、天下の往来を走る上で求められていません。

おおよそ一般ドライバーの操作技術は……ぶつからずに真っ直ぐ走る程度で十分です。

いや、本当に。

そもそも車の操作なんてものは

  1. アクセルで進み
  2. ブレーキで止まり
  3. ハンドルで曲がる

この3つだけですから。

よほど運動神経が悪い人でもない限り、車の“操作自体”に苦戦することはありません。

自動車教習所で教わるのも(教官が個人的に教えてくれる技術は別として)最低限の操作技術くらいなもんです。

じゃあ、運転技術とは何か?

危険予測・危険回避……つまりは『危機管理能力』のこと。

まぁ、そもそも「車が凶器にならないように扱う」という考え自体がそれですけどね。

自動車教習所では、これを一番に教えてくれています。

  • 乗車前や発車時、また右左折時の安全確認
  • 「かもしれない運転」でお馴染みの危険予測
  • 車の構造や、ブレーキの仕組み
  • 実際の事故から学ぶ原因

交通法規だって事故を起こさないための決まりですよね。

ありとあらゆる「車が凶器になる要因」を教わり、それを排除するために身に付けたものが『危機管理能力』という運転技術。

そして、その技術を実践するにあたって必要なのが『責任感』です。

「車を凶器にしてはいけない」という前提に応える心構えだと言ってもいいでしょう。

逆に言えば、危機管理が必要でないのに責任感を持てるわけがありません。

え?運転技術が要らない車?

いやいや……無くしてどないすんねん!!

何を補うのか?

べつに私は自動車の「安全技術」を否定しているわけじゃありません。

事故を回避してくれるなら、不必要な悲しみが生まれることもないでしょうからね。

でも一つだけ言いたいことは……目的が違うんじゃないかと。

どういう意図でもって安全技術を採用しているのかと。

交通事故が起こる原因をざっくり分けると「当人の過失」と「相手方の過失」のどちらかになります。(落下物とか、どうしようもない原因は別として)

そして現在、自動車業界が謳っている安全技術は……当人の過失を補うというもの。

だからCMを見て違和感を覚えます。

よそ見をしているし
死角に注意を向けていないし
アクセルとブレーキを間違えるし
視界が悪くてもスピードを出しているし

それで事故を起こしかけているのに「安全技術があるから大丈夫♪」

いや、大丈夫やあるかい。

「車を凶器にする運転」を前提にすな。

車が安全な乗り物たる所以は、ドライバーが安全に運転してこそやろがい。

よそ見せんかったらええねん
死角に注意を向けたらええねん
視界が悪けりゃスピードを落とすねん

アクセルとブレーキを間違えるなんて論外やねん

私は少々“四角四面”かもしれませんが、当たり前のことを当たり前にできへんとか無いわ~。

それが「凶器」になり得ると理解していたら、もっと慎重に扱うわ~。

自分の不注意の後始末を車に任せるドライバーには免許を持って欲しくないわ~。

そんな目的で安全技術を搭載したら、きっと無責任なドライバーを増やすだけですよ。

だから私はこう思います。

これは「相手方の過失に対処する技術」と謳うべきじゃないかと。

よそ見はしない
運転に集中する
死角にも注意を向ける
必要以上にスピードを出さない

そうして危機管理のため最善を尽くしているにもかかわらず……

車間距離を考えずに割り込んだり、急ブレーキを踏む車。
轢かれることも考えずに道に飛び出す歩行者。

ありえへん事をする奴のせいで事故になる。

「そんな最悪な事態を防ぐために安全技術を搭載しています」と言ってくれれば納得できます。

あくまで当人は責任感を持って運転しているものとして。

「決して安全技術に頼らないけど、最善を尽くしていても対処できない場合に作動するなら、幾分かは心強いよね」という思いに留まる程度のものとして。

ま、実際に作動するシステムの内容は同じなんですけどね。

車はぶつからないことが第一ですから。

過ちて改めざる

当人の過失を補うため
相手方の過失を補うため

いずれを目的にしても自動車の安全技術に変わりはありません。

でも安全技術を搭載するんであれば、それによって「ドライバーの意識がどう変わるか?」ということまでも考えるべきです。

例えば、ドライバーが会話やスマホに気を取られ、前の車が停車していることや歩行者が飛び出していることに気付かなかった場合。

本来であれば大惨事になるところ、自動ブレーキのおかげで事無きを得たとします。

……さて

このドライバーは、果たして自分の過ちを反省するでしょうか?

車はぶつかっていない
誰にも傷を負わせていない
警察に点数も引かれない

何のペナルティを受けてもいないのに、心から悔い改めることができるのか?

これが自らのブレーキで止めていたなら話は別です。

元々は自分の過ちが招いたことでも、結果として自力で回避したなら「危機的状況と向き合った当事者」としての自覚がありますから。

でも車が勝手に回避してくれたとなると、当事者として危機的状況と向き合ったことにはならないでしょう。

そもそも責任感が足りていないせいで危機的状況を招いたわけですから、事故でも起きない限り自らの行いを反省するとは思えません。

せいぜい「あ~自動ブレーキで良かった♪」くらいに思うだけじゃないかと。(言い方)

『過ちて改めざる、是を過ちという』

これは私が大事にしている論語の一つです。

過ちは誰でも犯すものですが、それを過ちと知りながらも反省しないことが“本当の過ち”というもの。

ドライバーが「本当の過ち」を犯したら、その未来で何が起こるかは想像に難くありません。

このように自動車の安全技術が「当人の過失を補う機能」であればあるほど、ドライバーからは“危機管理の当事者”という意識が薄れていく可能性は否定できません。

もちろん、全ての人に当てはまるわけじゃないですけどね。

でも世の中には無責任なドライバーが多くいますし、そうなる可能性を秘めたドライバーも多くいます。

私だって運転技術がまったく要らない「おんぶに抱っこな車」に乗れば、或いは責任感を失ってしまうかもしれません。

だからこそ自動車の安全技術が“どうあるべきか?”を考える必要があると思いました。

この先の未来、自動車は一体どのような進化を果たすんでしょう?

少なくとも「飲酒や薬物や居眠りをしても運転が成立する」なんていう……ドライバーの“無責任さ”を補うような車ではないことを願います。

ジョン曰く
「自分で動かしている感覚」が好きな私としては、MTでパワステ無しという“ゴリゴリのアナログ車”に乗っていたいんですけどね。
ハンドルを握っただけで車の調子も伝わってきますし、五感を研ぎ澄まされたほうが安全ですから。
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